2015/07/07

美の国は道徳の世界より広大である

内容から日本で公開されるはずもなく
DVDも販売されていない。
私はDVDを海外から取り寄せて購入しましたが
某動画サイトに全編UPされていて、今なら観ることが可能です。
念のため、違法だということは言っておきますが、、

2007年、カンヌ映画祭にドキュメンタリー部門に出品され
カンヌのレッドカーペットを現役のやくざの組長が歩いたことも快挙と言えよう。

監督はフランスのジャン=ピエール.リモザン、フランス映画である。

ドキュメンタリー部門に出品された作品ではあるが、
実際はカチンコも使ってある程度のシナリオを組んで作った作品で、
ドキュフィクションという表現がされている。

途中で出てくる銭湯のオヤジさんの息子?がラッパーで
所々に彼等のRAPシーンがあり、それが日本人が撮る作品ではまず無いであろう。
そこを???と思う人も多いと思うが、私は逆に外国人監督らしさでもあり嫌いではない。


ヤクザ映画ではあるが、暴力シーン、罵声等は無くヤクザの日常が綴られて
私達が日常で忘れた大切なモノを伝えているかのような作品。

もちろん賛否両論があって当然の作品ではあるが、
現代社会の中で私達が学ぶべきことがあるのも事実だと感じる。

映画の最後にラッパーの若者が話す
「美の国は道徳の世界より広大である」と言う言葉がとても印象的であり
正にそのとおりだと。。

美というものはけして見た目の美しさだけではなく、善悪のあるものでもない。
目を背けたくなるようなモノの中にこそ「美」が存在する。

ヒロトが歌った「ドブネズミみたいに美しくなりたい」のように。。

隠れた名作
「YOUNG YAKUZA」
是非一度、ご覧下さい。







2015/05/16

人間交差点

北九州、小倉のライブハウスで出会ったバンド「KLAXION」

聴くのも見るのも初めてで、知りもしなかったバンド。

観ているうちに自然と身体が身震いしだし

ラストの曲の頃には暴れていた。

演奏後、ボーカルのブラウンという男に声をかけた。

その男は愛想がよいわけでもなかったが、けして無愛想でもなく

どちらかというと人見知りな感じだった。

それが余計に魅力的でもあった。

その後、DJタイムを楽しんでる時、切らした酒を買いにカウンターに向かうと

彼が一人で酒を飲んでいた。

酒をオーダーし、出来上がるまでの間、彼と言葉を交わした。

彼は自分から名を名乗るわけでもなく、ただ酔っ払いのオレの話に

受け答えする程度だったが、最後にはお互い名前を告げて握手をかわし

オレはその場を離れた。

彼が帰り際に俺の所にやってきて彼等のCDをプレゼントしてくれた。

後日、そのCDを聴きながら歌詞を読んだ。

世の中への不満の中に愛があり、ポジティブでもある文学的な歌詞

コテコテのハードコアパンクな身なりでもなく、荒くれな印象もない

そんな彼が普段どんな音楽を聴いているのか?

どんな本を読んでいるのか?

どんな映画を観ているのか?

なにを考えているのか?

そんなことに興味を持った。

どこかでまた出会うことがあるのか

もう二度と出会うことはないのかもしれないが

もし再会する時がきたら、また声をかけてみよう。

「100冊の本を読むより、1人の人間と話をしろ」

その言葉の意味を感じた。



鬼畜外道が舵をとる、世の中ろくなもんじゃねぇ

それでも朝日は昇る、世の中捨てたもんじゃねぇ


そう歌える彼の心に愛を感じる。














2015/04/08

Jesse James

アメリカ南部、伝説のアウトロー

彼を中心としたギャング団はアメリカ初の銀行強盗団として有名で

1866年2月13日に世界ではじめて銀行強盗に成功

貧しい人々の味方でもあったことからアウトローの英雄として

古くから彼の事を歌い継がれている

アメリカのブルーグラス、カントリー、フォーク、オールドタイムなどは

コード進行が同じで似た曲が沢山存在する

それをもとにした日本のフォークソングもまた

ルーツはアメリカ









When I'm Goneが原曲と言われている日本の名曲がこの2曲









歌詞もまた社会に向けたレベルソング

そして今の時代も歌い継がれている


2014/02/13

1994年 秋

来月の3月31日、ちょうど私の父の誕生日、アメリカのロックアーティスト、ボブディランが来日する。私はボブ ディランには特別な思い出がある。

1994年、秋。
小さな判の捺された手紙が届いた。
それは、シャバの世界から隔離された、自由を奪われた世界から送られてきた印。
同じ空の下、しかし自由を奪われた世界。
大きな失敗を犯した男から送られてきたものだった。
内容はあまり覚えていないが、頼みごとが一つ書かれてあった事だけは忘れられない。
「ラジオから流れてきた曲の歌詞が知りたい。」
そこに書かれていた曲名は、ロックの神様と崇められているボブ ディランの名曲
「Like a Rolling Stone」だった。
当時の私はボブ ディランの名前こそは知っていたが、その曲もボブ ディランすら聴いたことが無かった。
さっそく私はCDショップに出向き、日本語訳が付いている日本版のベストを買った。
その詩は上流階級の女の転落を通じて、虚飾に満ちた生き方からの脱却を説く、そんな歌詞だった。

その歌詞を読んだとき、彼の心に重く圧し掛かる絶望という重圧が少しだけ分かった気になった。パクられたこともない私には、想像は出来ても到底彼の気持ちを理解する事なんて不可能だった。
もっと勇気づけられる歌詞だったら良かったのに。
理解の出来ない私は、きれい事のようにそう思った。
その歌詞を手紙に写し、思いつくかぎりの励ましの文章と、その時頭によぎったブルーハーツの歌詞を書き加えて、手紙を投かんした。

それが私とボブ ディランとの出会いだった。
それから私にとってボブ ディランは人生をも左右する存在になった。

過去というものは人それぞれの思い出と過ぎた時が混ざり合い、心の中に深く刻み込まれている。
月日と共にその思い出も薄れ、普段は思い返すことも無く日々の生活に追われているが、けして忘れたわけではない。

私は今でもこの曲が聞こえてくる度に、もう二度と受け取りたくない手紙と共に

1994年の秋の日にフラッシュバックする。



2014/01/31

嫌われる勇気

家に帰ると、相変わらずネットもテレビもラジオも無い生活を継続中。
寝る前の楽しみと言えばDVD観るか、本を読むかの二択。

とくに観たい映画もない夜に、暇つぶしにあるTVドラマを観た。そのドラマは小説が原作で、原作を読んだことはなかったが、その小説家の作品がわりと好きなのと、好きな役者が出ているという理由からだった。後から原作も読むことになったのだが、その物語の中で私は「アドラー心理学」といわれるものに出会った。今まで心理学や哲学に、まったく興味がなかったわけじゃないけど、心理学者や哲学者には興味がなかったし、そういった本を読みたいと思ったこともなかった。
アドラー心理学を知った今でも、これ以上学びたいとは思わないし、他を深く知りたいとも思わない。
ただ、なぜだか頭の中に潜在してしまった「アドラー心理学」と呼ばれるもの。
出合ったものを無理に拒絶する必要も理由もないので、先ずはネットで調べてみたが、小難しい文章ばかりでよく解らない。
調べているうちに、たどり着いたのが「嫌われる勇気」という過激なタイトルの本。私は「アドラー心理学」以上にこのタイトルに興味が沸いてきた。

早速購入して読んでみると、小説のように哲学者と若者の対話仕立てにして「アドラー心理学」を解りやすく説いた本だった。
そこに書いてある「アドラー心理学」というものは、けっして受け入れやすい考えではないが、その考えは間違いなくポジティブ。もしかすると受け入れにくい心がネガティブなのかも。

最近、ちょっとした出来事があった。気にもしていないつもりだったけど、心の端っこに引っかかっていたのが事実。そんな出来事を「アドラー心理学」はとてもシンプルに解決してくれた。気にしていないようにしている私に、「気にしなくてよい」と
その理由を説明してくれた。

もしかすると、出会うべき時に出合った一冊なのかもしれない。

もしかすると、出会うべき時に出合ったドラマ、小説なのかもしれない。

普段なら間違いなく興味も、関心も沸かないところから偶然出合ったのだから。

人や物事との出会いは、自分の気持ちや行動次第で偶然が必然に変わるのかも。
そんな気持ちでいると、同じような毎日が、まったく違った一日に見えてきた。



2013/12/31

きもの


年に一度ぐらい着物を着ようと思い、無かった足袋と襦袢の紐を購入。

明治、大正、昭和、平成と生きたじぃちゃんは着物の絵師だった。

広島の農家の次男として生まれたじぃちゃんは、

子供の頃から絵を描くことが大好きだったそうで

知り合いからの紹介で京都の有名な画家のところに弟子入り。

当時、じぃちゃんを含めて5~6人の丁稚がいたと聞いている。

その後、そのまま京都で着物の絵師になった。

戦中は、目の悪かったじぃちゃんは徴兵を免れ

現在の大久保駐屯地の場所が飛行機を造る工場だったので

そこで設計図を書く仕事をするために宇治に引っ越してきた。

今となっては徴兵されずによかったと言えるかもしれないが

当時はとても肩身の狭い思いをしたようだ。

終戦後はまた京都市内に工房を構え、

着物の絵や金粉を貼る職に戻り、生涯を終えた。

オレはじぃちゃんがよく着物を着ている姿を見て育った。

子供の頃、じぃちゃんの自転車の後ろに乗せてもらい

近所の竹薮や宇治の神社についていった事をよく覚えている。

無口なじぃちゃんにたこ焼きを買ってもらい、じぃちゃんが絵を描いている間

沢蟹捕まえたり、山や竹薮の中を探検して遊んでいたなぁ。

食べれる木の実、木苺などを教えてもらいそれをおやつ代わり?に食べてた。

去年の夏、実家に帰った時、じぃちゃんの着物を探すとあるにはあったが、

もう虫食いだらけで着れる物ではなかった。

その代わり、ばぁちゃんが親父の為に作った着物がありそれを譲ってもらった。

親父もオレが3歳ぐらいの時までしか着てなかったみたいだ。

今の時代、着物という日本古来の衣装を一度も着たことがないのが普通。

せっかく身近にあり、しかもそれがばぁちゃんが作ったものなら尚更だ。

死んだじぃちゃん、ばぁちゃんも喜んでくれるだろう。。

2013/11/13

CHICANO BATMAN

これもカリフォルニア、E.L.Aの音楽。

彼らがどんな音楽を聴いて育ってきたのか?

そんな事をM氏に尋ねると

子供の頃はもちろん親が聴いていたスタンダードなラテンミュージック。

でも若い彼らは、やはりHIP HOP、特にPUNKを聴いていたらしい。

SLOWRIDERにも強く影響を受けたとか。

なんか嬉しくなった。