2013/12/31

きもの


年に一度ぐらい着物を着ようと思い、無かった足袋と襦袢の紐を購入。

明治、大正、昭和、平成と生きたじぃちゃんは着物の絵師だった。

広島の農家の次男として生まれたじぃちゃんは、

子供の頃から絵を描くことが大好きだったそうで

知り合いからの紹介で京都の有名な画家のところに弟子入り。

当時、じぃちゃんを含めて5~6人の丁稚がいたと聞いている。

その後、そのまま京都で着物の絵師になった。

戦中は、目の悪かったじぃちゃんは徴兵を免れ

現在の大久保駐屯地の場所が飛行機を造る工場だったので

そこで設計図を書く仕事をするために宇治に引っ越してきた。

今となっては徴兵されずによかったと言えるかもしれないが

当時はとても肩身の狭い思いをしたようだ。

終戦後はまた京都市内に工房を構え、

着物の絵や金粉を貼る職に戻り、生涯を終えた。

オレはじぃちゃんがよく着物を着ている姿を見て育った。

子供の頃、じぃちゃんの自転車の後ろに乗せてもらい

近所の竹薮や宇治の神社についていった事をよく覚えている。

無口なじぃちゃんにたこ焼きを買ってもらい、じぃちゃんが絵を描いている間

沢蟹捕まえたり、山や竹薮の中を探検して遊んでいたなぁ。

食べれる木の実、木苺などを教えてもらいそれをおやつ代わり?に食べてた。

去年の夏、実家に帰った時、じぃちゃんの着物を探すとあるにはあったが、

もう虫食いだらけで着れる物ではなかった。

その代わり、ばぁちゃんが親父の為に作った着物がありそれを譲ってもらった。

親父もオレが3歳ぐらいの時までしか着てなかったみたいだ。

今の時代、着物という日本古来の衣装を一度も着たことがないのが普通。

せっかく身近にあり、しかもそれがばぁちゃんが作ったものなら尚更だ。

死んだじぃちゃん、ばぁちゃんも喜んでくれるだろう。。